医業経営支援
マーケティング
「患者さんが求める医療サービスを、明確な意図と工夫をもって整えて、患者さんが来やすい当院となるよう働きかける活動全てを指します」と私たちは考えています。
クリニックにおけるマーケティングとは
競合の増加と政府の社会保障費増加に伴う医療費抑制策により、クリニック経営には逆風の吹く時代となりました。
開業することがゴールではなくなった今、クリニック経営にも、マーケティングが必要な時代を迎えています。
アメリカのマーケティング協会によると、マーケティングとは、「顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである」と定義されています。
また、マネジメントで有名なピーター・ドラッカーは、「マーケティングは、セールス(販売活動)を不要にすることである」と定義しています。つまり、「売れる仕組み」をつくることです。
これをクリニック経営にあてはめると、「患者が絶えず、来院する仕組みを作る」となります。
マーケティングというと、強引なセールス活動を連想される方もいますが、「患者とクリニックの良好な関係づくり」と捉えれば、不適切行為ではなく、医療の世界でも必要な活動の1つとなります。
ブランディング
最近では、企業や組織のマーケティング戦略の1つとして、「ブランディング」という言葉が意識されるようになりました。
ブランディングとは「共通のイメージ」を認識してもらうことを指します。
単純に、広告看板やロゴマーク、ホームページ等のデザインを統一することではありません。もちろんそれらも大事な要素の1つですが、それだけでは不十分です。
例えば、「内視鏡検査に特化した専門クリニック」、「徹底した予約管理システムによる患者を待たせないクリニック」など、自院の特徴やコンセプトを明確に打ち出すことです。
思いつくがまま行う、検査機器の導入や広告宣伝の増加は効果がありません。その施策が「なぜ必要か?」を繰り返し自問し、コンセプトに合った戦略を実施する必要があります。
マーケティングの4P
マーケティングの4Pとは、マーケティング戦略における4つ要素のことです。
クリニック経営においては、下図の要素となります。
企業や組織 | クリニック | |
---|---|---|
Product(製品) | Product(医療サービス) | |
Price(価格) | Price(診療単価) | |
Place(場所) | Place(立地・アクセス) | |
Promotion(販売戦略) | Promotion(宣伝・口コミ) |
この4つのPを組み合わせながら、最適なマーケティング手法を考えるのがセオリーとなります。
Product(医療サービス)
クリニック経営における製品とは、当然、「医療サービス」ということになります。
医療サービスには、医療の種類や質の他に、接遇などの付帯サービスを含みます。
「先生の話がわかりやすい」、「スタッフが常に笑顔で向かてくれる」などの対応も重要な要素です。
良い医療を提供しているから、良いクリニックとは限りません。
あくまでも、患者の価値観やニーズに沿った、総合的なサービスを施す必要があります。
Price(診療単価)
Priceは診療単価ということになります。
診療単価は、公的費用で賄われていることもあり、自由に設定することはできません。
しかし、以下の内容についてはチェックする必要があります。
- 請求漏れや加算漏れ、施設基準の届け忘れはないか?
- 必要な検査や治療が提供されているか?
- クレジットカードや電子マネーに対応しているか
特に検査や治療については、不必要な検査を促すのはセールスのようで好きになれないとう先生もいらっしゃいます。
しかしながら、ここでは患者のニーズをウォンツに変換して考える必要があります。
例えば、早期発見や予防を目的に行う検査も多くあるはずです。
かかりつけ医として、将来のリスクを患者に伝え、検査をすすめることも重要な仕事の1つではないでしょうか。
また、クレジットカードや電子マネーの導入についても、手数料はかかりますが、来院患者の属性や、提供する医療サービスによっては、導入を検討するに値します。
Place(立地・アクセス)
立地は名前のとおりクリニックの場所を指し、簡単に変更することはできません。
しかし、開業において立地は重要な要素です。
患者が集まるかどうかは、「受療率」と「周辺人口」に大きく依存します。
では、立地選定を間違ってしまった場合、どうすることもできないのでしょうか、というとそんなことはありません。
自身のクリニックを徹底的に分析して、立地以外の要素で差別化を図ります。
時には、大きく戦略を変更する必要があるかもしれません。
Promotion(宣伝・口コミ)
どんなにすばらしい医療を提供していても、人々に認知されていなければ患者は来院しません。
患者が集まらない原因は、認知されていない可能性もあります。
最も基本的な宣伝は案内看板などのロードサインや、ホームページなどのWEB媒体です。インターネットが普及した現代では、WEB媒体ばかりに目がいきがちですが、ロードサインや電柱看板などは、比較的安価で、周辺の人々の認知率を上げるには効果的です。
また、ホームページは単なるクリニックの案内ではありません。
どんな治療や検査ができるのか、どのような症状や悩みをもっている患者に来院して欲しいのかを具体的に記載する必要があります。
最近では、スマートフォンへの対応や、LINEやFacebookなどのSNSとの連携も考慮しなければなりません。そのうえで、患者の興味や行動を意識して、口コミを誘発する仕組づくりがかかせません。
クリニックを診断する
マーケティング戦略を実行するにあたっては、まず自身のクリニックの現状を把握しなくてはなりません。
患者が集まらないのには、必ず理由があります。
コンピュータの利用が当たり前になり、様々な分析が容易に行えるようになりました。
収支計画や資金繰表の確認はもちろんですが、レセコンデータを利用すれば、患者の年齢層や来院頻度なども確認可能です。最近では、電子カルテやレセコンと連動した分析ソフトなども普及しています。
レセプト分析
開業してからは、医師であると同時に経営者となります。
数字をチェックするクセをつけることが大切です。
数字は嘘をつかないので、様々な課題が浮き彫りになります。
基本的なことですが、クリニックの売上は、「延患者数(レセプト枚数)×診療単価(レセプト単価)となります。
例えば、自身のクリニックが平均値と比べて、患者が少ないのか、単価が低いのか、ということは簡単に把握することが可能です。
診療科やコンセプトにもよりますが、患者が少ないながらも、単価が高いことで、順調な経営を続けているクリニックもあります。
まずは、全国のクリニックと比べた場合の立ち位置を把握し、目標を設定してます。そのうえで、患者の属性やリピート率、新規患者の獲得経路など様々な分析を行います。
患者動態調査
患者動態調査は、実際に患者がどのエリアから来院しているかを把握する調査です。
開業前に行った診療圏調査は、機械的な計算を元に、あくまでも想定で作成されています。多くの場合、診療圏調査の結果どおりに患者は集まりません。
- 想定されたエリアからなぜ患者が来ないのか?
- 河川や線路で生活圏が分断されていないか?
- 近くに同様のクリニックが存在しないか?
これらのことを把握し、戦略を立案します。
ロードサインの設置箇所を検討するのにも有効な調査です。
WOT分析
SWOT分析とは、戦略策定やマーケティングの意思決定に利用される有名なフレームワークの1つです。
内部環境と外部環境に分けて、プラス要因とマイナス要因を把握・分析します。
4つの要素の頭文字をとり、SWOT分析と呼ばれます。
- Strength(強み)
- Weakness(弱み)
- Opportunity(機会)
- Threat(脅威)
クリニック経営においては、次のように考えることができる。
プラス要素 | マイナス要素 | |
---|---|---|
内部環境 | 経営的に、または競合クリニックよりも優位に立てる強み | 経営的に、または競合クリニックと比べて不利になる弱み |
外部環境 | 自身でコントロールできないが、有利に働きそうな機会 | 自身でコントロールできないが、不利に働きそうな脅威 |
あまりにも有名で、古典的な手法なのでご存知の方も多いと思いますが、真剣に取組んだことがある人は少ないのではないでしょうか。
一般企業の経営者ですら、これらの要素をスラスラと挙げられる人は多くありません。SWOT分析は、分析の結果ももちろん大切ですが、それ以上に「考える過程」に意味があります。
医師であると同時に経営者としての思考を持つためにも、ぜひ取組んでいただきたい分析の1つです。
その他のフレームワーク
フレームワークとは、思考や発想が効率的に行えるように考案された「型」のことです。
状況に応じて、適切なフレームワークを用いて考えることで、思考の整理や、アイディアを生み出すことに繋がります。
クリニック経営においても、ビジネスで使われるフレームワークは有用です。
3C分析
Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の3つの頭文字を取り、マーケティング環境の把握に利用されます。
クリティカルパス
クリティカルパスは「重大な経路」という意味で、もともとは製造業で利用されるフレームワークです。全体の工程を可視化します。
SCAMPER
7つの質問で構成され、アイディアを出すことが求められるブレインストーミングなどで利用されます。
- Substitute:
- 代替できないか?
- Combine:
- ほかのものと組み合わせられないか?
- Adapt:
- 応用できないか?
- Modify:
- 修正 ⁄ 拡大できないか?
- Put to other uses:
- 転用できないか?
- Eliminate:
- 削除⁄削減できないか?
- Reverse ⁄ Rearrange:
- 逆転 ⁄ 再編集できないか?
増患プログラムの実施
現状把握の完了後は、戦略の立案・実行作業に入ります。
注意しなければばらないのは、マーケティングは不確実なことが多いということです。
一生懸命考えたアイディアや戦略が、残念ながら失敗に終わることもあります。
経営において「完璧」はありません。不確実なマーケティングを成功させるためにも、マネジメントが必要です。
PDCAサイクルを繰り返して、試行錯誤することが重要です。
新規患者の獲得
新規患者の獲得を考える場合、AISASというフレームワークを利用して考えるとわかりやすいです。
AISASとは、消費行動プロセスを指し、それぞれの頭文字を取って、AISASモデル、またはAISASの法則などと呼ばれます。それぞれをクリニックに置き換えると下記のとおりです。
- Attention:
- 認知(ロードサインなどの看板)
- Interest:
- 興味(病気により受診を検討)
- Search:
- 検索・比較(クリニックHP、評判の確認)
- Action:
- 受診(スタッフの対応、待ち時間、先生の説明など)
- Share:
- 共有(口コミサイトへの投稿、知人・家族への紹介)
このように整理すると、各対策の優先順位を検討するのにも便利です。
広告宣伝
広告宣伝として、考えられる媒体には次のようなものがあります。
アナログ | 紙媒体 | 雑誌や広報誌 |
---|---|---|
鉄媒体 | ロードサイン | |
直媒体 | 立地、看板、サイン | |
デジタル | 電子媒体 | HP、ブログ、SNS |
電波媒体 | テレビ、ラジオ |
アナログメディアとしては、紙媒体、鉄媒体、直媒体などが挙げられます。
紙媒体は雑誌や広報誌、院内で配布するパンフレットなどです。広報誌などは、不特定多数の目に触れるので、広告規制の範囲ですが、表現や内容に注意すれば効果は高く、情報の受け手側も信頼性が高いのが特徴です。
ただし、効果を発揮する期間が短いので、先を見据えた戦略をセットで考える必要があります。
鉄媒体はロードサインにあたります。患者動態調査の結果をもとに、より認知される場所に設置することになります。
直媒体は、敷地内の看板やクリニックのサインです。住宅地など、クリニックが目立たない場所にある場合には、内容を検討する必要があるかもしれません。
デジタルメディアは電子媒体と電波媒体に分けられますが、代表的なものはホームページです。「今の時代は必要だから」という理由で、最低限の情報で構成されていることが多いですが、「何のために必要か」、「誰がどんな目的」で閲覧するのかを意識しなければなりません。
例えば、新規患者を増やすことが目的であれば、どんな情報が書いてあれば来院するきっかけになるかなど、患者目線で考える必要があります。また、競合するクリニックがあるのであれば、差別化を検討します。
口コミ対策
クリニックのマーケティングにおいて、口コミ対策は最も重要な論点の1つです。
患者が医療機関を選ぶ基準は、距離やアクセスが最も重視されます。ただ、クリニックに関する情報をどのように収集するかと問われると、インターネットや家族・知人の口コミと答える方が8割です。
口コミを増やすポイントの1つは体験の共有化です。
例えばですが、地域のコミュニティやイベントに参加するなどが挙げられます。地域密着を掲げているクリニックでも、積極的に接点をもっている先生は意外と少ないのではないでしょうか。
患者離反防止策の構築
経営が安定しているクリニックは、来院患者の8~9割が再診患者です。
初診患者は、アクセスの確認、インターネットによる情報収集、口コミなどをきっかけに来院します。その際、患者は受付、診察、検査や処置、会計のすべてのプロセスをクリニックの印象として採点します。
どんなに先生の治療内容がすばらしくても、待ち時間が長い、看護師のスキルが低い、受付の対応が悪いことを理由にリピートに繋がらないことがあります。
多くの場合、新規患者を獲得するコストよりも、現在の患者が離反しない仕組をつくることのほうがコストはかかりません。穴が空いたバケツに絶えず水を注いで満タンにすることよりも、穴を塞いだほうが効率的です。
また、常連の患者は、口コミによって多くの新規患者を連れてきます。このようにイメージすると、患者離反防止策が経営に大きく影響することが分かるかと思います。
来院頻度の増加
患者離反防止策と合わせて、来院頻度の増加を検討しなければなりません。
来院頻度の増加には、患者ロイヤルティの向上という視点が大切です。
下図は、RFM分析といわれ、「最新来院日」と「来院頻度」の組み合わせです。
Rランクが低いほど離反の可能性が高く、Fのランクが低いほどクリニックとの関係性が薄い患者です。左上に属する患者が増えるほど、来院患者は増えることになります。
闇雲にすべての患者に対策を実施しては、コストがかかりすぎてしまいます。Aの患者に絞って、常連患者になってもらう工夫が必要です。